
「日出ずる国」は、世界で最初に朝が来るから? いいえ、中国から見て東にある国、という意味でした。607年の「日出づる処の天子」の国書で煬帝が怒った本当の理由、倭から日本へ、ニッポンとニホンどちらが正しいか(2009年の政府答弁書)、日の丸が国旗になった年まで、ケンゾーとケンがほどきます。
この番組の声は AI で作っています。
番組メモ
- 国号「日本」=日の本。中国の正史は「日の出るところに近いので名とした」と記す
- 煬帝が怒ったのは太陽ではなく「天子」を対等に使ったこと。ニッポン・ニホンはどちらも可(2009年答弁書)
記事で読む(写真・出典つき)
なぜ日本は「日出ずる国」と呼ばれるのか — 国号「日本」の由来と、ニッポン・ニホンの読み方
この番組について
この番組の声は AI(ElevenLabs Eleven v4)で作っています。内容は J-Times 編集部が公式の情報と公開記事の出典で確認したものです(2026年9月23日時点)。テーマ曲: 「おかげさま(Always On My Mind)」高橋高(アルバム『直霊 ─ NAOHI ─』)。BGM: 「Keepers v3」高橋高(Suno で制作)。J-Times は Jon&Coo Inc. が運営しています。
台本(文字起こし)
番組の会話をそのまま文字にしたものです。声は AI で作っています。
ケン:ケンゾーさん。日本が、日出ずる国、と呼ばれるのは、世界でいちばん最初に、朝日が昇る国だから、でしょう?
ケンゾー:堂々とした響きですよね。でも、違うんです。じつは、もっと地図の上の話。そして、1400年前の、ある手紙から始まります。
ケン:手紙?
ケンゾー:今日は、それを、ほどいていきましょう。
ケンゾー:J-Times のポッドキャスト、なぜ?ニッポン。当たり前の、ふしぎをほどく。案内役のケンゾーです。
ケン:それ、本当? と聞く役の、ケンです。この番組の声は、AIで作っています。お話の中身は、J-Times 編集部が、中国と日本の古い歴史書や、政府の答弁書、法律で確かめたものです。
ケンゾー:第4回の問いは、これです。なぜ日本は、日出ずる国、と呼ばれるのか。答えを先に言うと、日本という国の名前が、日の本、つまり、中国から見て、日の昇る東の国、という意味だから。8世紀の初めに、倭に代わって定着しました。
ケン:中国から見て? 自分で名乗ったのに?
ケンゾー:そうなんです。いちばんはっきり書いているのは、中国の歴史書、新唐書です。日本の使いが、国が、日の出るところに近いので、それを名とした、と説明した、とあります。旧唐書にも、ほぼ同じ説明があります。
ケンゾー:つまり、日出ずる、は、地理と、見る場所の話。わたしたちは、中国の東にある国だ。それを、堂々と聞こえる言葉で言い表したのが、日本、だったんです。
ケン:で、1400年前の手紙というのは?
ケンゾー:607年。倭の王が、中国の隋の皇帝、煬帝に送った国書です。隋の歴史書、隋書によると、こう始まっていました。日出づる処の天子、書を、日没する処の天子に致す。恙無きや。
ケン:有名な一文ですね。
ケンゾー:煬帝は、これを読んで、喜ばなかった。外交の担当者に、無礼な手紙は、二度と取り次ぐな、と言ったそうです。
ケン:日が沈む、と書かれたから、怒ったんですか?
ケンゾー:そう思われがちですが、違います。怒ったのは、太陽のたとえではなく、対等な書きかた、なんです。中国の考えかたでは、天子は、世界に一人しかいない。その称号を、両方の王に使ってしまった。山川出版社の辞典も、対等な関係を前提にした形だったので、煬帝は、礼に反するとした、と説明しています。
ケン:なるほど。太陽じゃなくて、天子が、ふたり。
ケンゾー:日本の歴史書、日本書紀は、607年に小野妹子を送ったことを記しています。ただ、この手紙そのものは、載せていません。かわりに、翌年の手紙が載っていて、そこには、東の天皇、敬みて、西の皇帝に白す、とあります。言い回しは穏やかですが、やはり、並び立つ立場を示しています。
ケン:その手紙を書いたのは、聖徳太子ですか?
ケンゾー:多くの概説は、聖徳太子の外交として説明しています。ただ、隋書が、差出人として書いているのは、多利思比孤、という名前だけで、それが誰かは、説が分かれます。なので、番組でも、断定はしません。
ケン:じゃあ、倭、という呼び名から、日本に変わったのは、いつですか?
ケンゾー:いちばん確かな記録は、続日本紀です。704年の記事に、唐から帰った、粟田真人の報告が載っています。唐に着いて、どこの使いか、と聞かれ、日本国の使いだ、と答えた。8世紀の初めには、日本という名前が、国際的に認められていた、ということです。
ケンゾー:ただ、国の中でいつ使い始めたかは、まだ議論があります。中国の歴史書どうしでも、細かいところは食い違っている。旧唐書は、国の名前の由来を、3つの説で並べたうえで、日本から来る使いは、自分を大きく言いがちで、事実で答えない、だから中国はこれを疑う、とまで書いているんです。
ケン:1000年以上前から、お互いに、疑い合っていたんですね。
ケン:ところで、ニッポンと、ニホン。正しいのは、どっちですか?
ケンゾー:どちらも、正しいんです。2009年6月30日の、政府の答弁書は、にっぽん、にほん、は、いずれも広く通用しており、どちらか一方に統一する必要はない、としています。
ケン:でも、昔、政府がニッポンに決めた、と聞いたことがあります。
ケンゾー:1970年に、閣議でニッポンに統一した、という話ですね。それは、同じ答弁書で、政府自身が、そのような閣議決定は行っていない、と否定しています。1934年に、国の調査会がニッポンとする決議をしたのは本当ですが、政府には採用されず、正式な決定はありません。
ケン:それ、本当? の答えが、政府の答弁書にあったとは。
ケンゾー:ちなみに、日の丸も、太陽をかたどったものです。1854年に、日本の船の印として採用されて、1870年の規則で寸法が決まりました。法律で国旗と定められたのは、ずっとあとの、1999年です。
ケン:1999年。思ったより、最近ですね。
ケンゾー:当時の総理大臣の談話は、日の丸と君が代は、すでに慣習として定着していたとし、法律にしたことは、国民に新たに義務を課すものではありません、と述べています。
ケン:ケンゾーさん。最初、わたし、世界でいちばん最初に朝が来る国、だと思っていました。でも、ほどいてみたら、隣の大国の東にある国、という、地図の上の名前だった。そして、その名前で、対等に話そうとした、1400年前の手紙があった。
ケンゾー:いい気づきですね。日出ずる国、は、自慢ではなく、隣の国との関係の中で、自分を言い表した名前、なんですよね。
ケンゾー:最後に、明日、誰かに話したくなる一言を。日出ずる国、は、世界で最初に朝が来る、という意味じゃない。中国から見て、東にある国、という意味。そして、ニッポンも、ニホンも、どちらも正しい。
ケン:ニッポンか、ニホンか、で迷ったら、答弁書の話をします。
ケンゾー:歴史書ごとの比べ表、年表、答弁書と法律の出典は、J-Times の記事、なぜ日本は日出ずる国と呼ばれるのか、にまとめています。番組の説明欄から読めます。
ケン:次回もお楽しみに。
ケンゾー:なぜ?ニッポン。お相手は、ケンゾーと、
ケン:ケンでした。
