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日本に老舗が多いのはなぜ? 金剛組の1400年と、100年続く商いの条件
Culture & Arts

日本に老舗が多いのはなぜ? 金剛組の1400年と、100年続く商いの条件

創業100年超は4万6,708社(2025年12月)。最古の金剛組は2006年に一族経営を終え再出発した。老舗が多い理由、倒産と後継者の現実、今日から使える承継の7つの手順を一次資料で

J-Times Editorial

J-Times 編集部 / J-Times Editorial Team

2026年4月26日更新: 2026年10月26日20 min2,809 閲覧
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第6回 日本に老舗が多いのはなぜ? — 金剛組の1400年と、続けるための知恵

和のこころ、ひもとく · 9分

番組のほかの回を聴く声は AI で作っています。内容は J-Times 編集部が確認しました。

日本の創業100年超の企業は4万6,708社(帝国データバンク、2025年12月時点)。最古とされる金剛組は578年創業だが、2006年に経営が行き詰まり髙松建設の出資で再出発した。老舗が多い理由、倒産と後継者の現実、今日から使える承継の手順を一次資料で確かめる。

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答え(2026-10-26時点):日本で創業100年を超える企業は4万6,708社(帝国データバンク、2025年12月時点)で、全企業の3.11%にあたります。最古とされる金剛組(大阪、578年創業)は確かに今も社寺建築を続けていますが、2006年に経営が行き詰まり、髙松建設の出資を受けて再出発しました。老舗が多い背景には、戦災の少なさや「家」を単位にした継ぎ方、発酵のように時間を味方にする産業があります。一方で老舗の倒産は2024年に145件と過去最多になっており、「古いから安泰」ではありません。

この記事は、2026年4月に公開した同じ題材の記事を全面的に書き直したものです。旧版にあった「1,447年連続で事業を継続」「歴代社長はメディアに出ない」「競合にも技術を教える」といった、一次資料で確かめられない記述は削りました。数字はすべて出典と時点を添えています。

老舗の話は、ともすると「日本人は昔から長期的に考える」という美談で終わりがちです。けれど実際の記録を読むと、焼失、廃仏毀釈、恐慌、戦争、借金と、何度も途切れかけながら、そのたびに誰かが手を打ってきた歴史が見えてきます。ここでは数字と記録で老舗の実像を確かめ、最後に、自分の店や会社、仕事を次の世代に渡したい人が今日から使える手順をまとめます。

四天王寺の五重塔(大阪市天王寺区)。金剛組は、この寺の建立のために百済から招かれた工匠を初代としている
四天王寺の五重塔(大阪市天王寺区)。金剛組は、この寺の建立のために百済から招かれた工匠を初代としている
写真:Pufacz / Wikimedia Commons / CC0(2025年10月3日撮影)

日本に老舗企業はいくつある?

帝国データバンク(TDB)の集計では、2025年12月時点で業歴100年を超える企業は4万6,708社。全企業に占める割合(老舗出現率)は3.11%で、初めて3%を超えました。

TDBが2026年3月27日に公表した分析によると、内訳は次のとおりです。

業歴社数(2025年12月時点)
100年以上46,708社
200年以上1,836社
300年以上905社
500年以上47社
1,000年以上11社

創業した時代で見ると、明治創業が2万2,070社、大正創業が2万980社で大半を占め、江戸時代の創業は3,480社、それ以前は178社です。つまり「老舗」の多くは、明治・大正に生まれて100年を越えた会社です。TDBは、2026年も約2,000社が新たに100年を迎えると見込んでいます。

都道府県別の出現率は京都府が5.45%で最も高く、山形県、新潟県が続きます。市区町村では京都市東山区が19.20%で、ほぼ5社に1社が老舗という計算です。TDBは京都の高さについて、古都としての歴史に加え、戦災が比較的少なかったことを挙げています。京都の老舗の暮らしぶりについては、京都は「生きた日本哲学の博物館」だったも参考になります。

なお、調査会社によって数は違います。東京商工リサーチは「2023年末までに創業100年以上となる企業は4万2,966社」としています。集計の母集団や創業年の確かめ方が違うためで、どちらかが誤りというわけではありません。

「世界の老舗の4割が日本」は本当?

日経BPコンサルティング(周年事業ラボ)の集計では、創業100年以上の企業のうち日本企業の割合は2020年に41.3%、2022年に50.1%でした。ただし国ごとの企業データの網羅度が違うため、「世界一」は目安として読むのが妥当です。

旧版はこの数字を「衝撃の事実」として書きましたが、元になったのは民間の集計で、同ラボの公開ページは現在見られなくなっています。2020年版を紹介したITmediaの記事と、2022年版を紹介した記事(coki)で数字を確かめました。2020年版では、創業200年以上の企業の約65%(1,340社)が日本とされています。旧版にあった「500年以上は世界60社中39社が日本」は、出典を確認できなかったため削りました。

国際比較で気をつけたいのは、日本は商業登記と信用調査会社のデータが細かく、創業年を古くまでたどれるという点です。数え方の土台が国によって違う以上、「日本は老舗が多い国の一つで、少なくとも統計に表れる数では突出している」という言い方が、いちばん正直です。

金剛組とはどんな会社? 本当に1400年続いた?

金剛組は578年に創業したとされる社寺建築の会社で、TDBも国内最古の企業としています。ただし一族による経営は2006年に途切れ、現在は髙松コンストラクショングループの一員です。技と職人は今も引き継がれています。

金剛組の公式サイトの沿革によると、578年、聖徳太子の命で百済から三人の工匠が招かれ、そのひとり金剛重光が初代となりました。工匠たちは日本で最初の官寺とされる四天王寺の建立に携わり、重光は完成後もこの地に留まって寺を守ったと同社は伝えています。2026年は、578年から数えて1448年目にあたります。

沿革から主な出来事を拾うと、老舗が「何もなく続いた」わけではないことがよくわかります。

  • 1576年:石山合戦に巻き込まれ、四天王寺の伽藍全体が焼失
  • 1597年:勝鬘院(愛染堂)の多宝塔を再建。塔の銅板に「総棟梁金剛匠」の銘が残り、大阪市内最古の木造多宝塔として国の重要文化財
  • 1801年ごろ:落雷で五重塔が焼失。再建に尽力した第32代喜定が、家訓となる「職家心得之事」を遺言として残す
  • 1868年:神仏分離令で四天王寺が寺領を失い、禄も廃止。金剛組は苦しい時代に入り、ほかの寺社へ仕事を広げる
  • 1932年:仕事の困窮から第37代治一が先祖の墓前で自害。妻のよしえが「歴代初の女棟梁」として第38代を継ぐ
  • 1934年:室戸台風で倒れた四天王寺五重塔の再建を担う
  • 戦時中:寺院の仕事が途絶え、軍用の木箱づくりで命脈を保つ
  • 1955年:株式会社金剛組が発足。一般建築も手がけ、鉄筋コンクリート工法の社寺建築にも早くから取り組む
  • 2006年:髙松建設の出資を受けて再出発。伝統の技術、従業員、宮大工を引き継ぐ
  • 2008年:親会社の持株会社化で、髙松コンストラクショングループの一員に
勝鬘院(愛染堂)の多宝塔(大阪市天王寺区)。1597年の再建で、塔の銅板に「総棟梁金剛匠」の銘があると金剛組は伝える
勝鬘院(愛染堂)の多宝塔(大阪市天王寺区)。1597年の再建で、塔の銅板に「総棟梁金剛匠」の銘があると金剛組は伝える
写真:Hyppolyte de Saint-Rambert / Wikimedia Commons / CC BY 4.0(2024年6月4日撮影)

2006年の経緯は、髙松コンストラクショングループの有価証券報告書の沿革にも「旧㈱金剛組より社寺建築事業を全面的に譲受け、新『㈱金剛組』としてスタート」と記されています。経営が行き詰まった理由について、米ブルームバーグ・ビジネスウィーク(2007年)は、2000年代初めには借入金の返済が難しくなっていたと報じました。旧版が「バブル期も派手な投機に走らなかった老舗が残った」と書いたのとは逆に、最古の老舗自身が、バブル後の負債で一度は家業として幕を下ろしているのです。

それでも「金剛組」という名と技は残りました。同社の宮大工は、棟梁が率いる七つの「組」に分かれ、専属の宮大工でつくる「匠会」で互いに教え合いながら若手を育てているといいます。古い堂宮の解体修理から先人の技を学ぶ、とも書かれています。続いたのは「一族」ではなく、「技と、それを受け継ぐ仕組み」だったと見るほうが、記録には合っています。

ちなみに、旧版の「歴代社長はメディアにほとんど出ない」は事実と異なります。同社の公式サイトには「メディア掲載」のページがあり、2026年にも動画出演や雑誌掲載が紹介されています。

なぜ日本には老舗が多いのか

理由は一つではありません。記録から確かめられるのは、①戦乱や戦災で途切れにくかった地域がある、②「家」を単位に、血縁にこだわらず継いできた、③土地や設備を持ち続けて形を変えた、④醸造のように時間を味方にする産業が多い、という四つです。

1. 途切れにくい場所があった

TDBが京都の出現率の高さを「戦災が比較的少なかった」ことと結びつけているように、建物や取引先、顧客ごと焼けてしまえば、どれほど志があっても続きません。老舗の多さは、文化だけでなく、地理と歴史の偶然にも支えられています。

2. 「家」を継ぐ、という考え方

日本の商家では、店は個人の持ち物というより「家」のものとされ、代々の当主はそれを預かって次に渡す役目を負いました。跡取りがいなければ婿養子を迎え、奉公人から番頭を育て、ときには店の名を分けて独立させる「暖簾分け」で商いを広げました。金剛組でも、夫を亡くしたよしえが棟梁を継いでいます。

この「血縁にこだわらない継ぎ方」は、今の数字にも表れています。TDBの2025年調査では、2025年に社長が交代した企業のうち、非同族の役員や社員が昇格した「内部昇格」が36.1%で、親族が継ぐ「同族承継」の32.3%を初めて上回りました(速報値)。

3. 本業を守りながら、形を変える

TDBの分析で、老舗の業種を細かく見たときに最も多いのは「貸事務所業」の1,552社です。長く持ち続けた土地に事務所ビルを建て、賃貸に軸足を移した老舗が多いことを示しています。本業の看板を守るために、稼ぎ方を変える。これも老舗の現実の一面です。

4. 時間を味方にする産業

業種ごとの老舗出現率では「清酒製造」が91.9%で最も高く、醤油や味噌など醸造系の業種も上位に並びます。蔵と微生物と水、そして杜氏の技が年単位でかみ合わないと成り立たない仕事は、そもそも短く終わることを前提にしていません。発酵の文化そのものについては、麹×発酵×旅——世界が「食」で日本に恋する理由もあわせてどうぞ。

盛岡の酒蔵「菊の司酒造」の軒先に吊るされた杉玉。新酒ができた合図として軒に掲げる
盛岡の酒蔵「菊の司酒造」の軒先に吊るされた杉玉。新酒ができた合図として軒に掲げる
写真:Daderot / Wikimedia Commons / CC0(2017年8月撮影)

老舗なら安泰なの? 倒産と後継者の現実

安泰ではありません。業歴100年以上の老舗の倒産は2024年に145件で、リーマン・ショックの2008年(120件)を上回る過去最多でした。2025年も142件と高い水準が続いています。

TDBの調査(負債1,000万円以上の法的整理)によると、2024年の老舗倒産は前年の96件から約1.5倍に増えました。業種では小売業が43件、製造業が42件で、全体の約6割を占めます。中身を見ると、スーパー、百貨店、呉服店、料亭、清酒や米菓、生菓子の製造など、暮らしに近い商いが並びます。原因は「販売不振」が124件と大半でした。2025年の分析でTDBは、値上げを価格に転嫁できないことや、ガバナンス(社内の統治)の不全を倒産の要因として挙げ、生き残るには商品・技術・販路を変え続けることが欠かせないとしています。

跡継ぎの問題も深刻です。TDBの「後継者不在率」は2025年に50.1%で、7年連続で改善したものの、まだ半数の企業で後継者が決まっていません。規模が小さいほど高く、小規模企業では57.3%です。

老舗の数が増え続ける一方で、毎年100件を超える老舗が倒れている。この二つは矛盾しません。100年という節目は「到達点」ではなく、その先も毎年、続けるかどうかを問われ続ける、ということです。

「三方よし」は近江商人の言葉?

「売り手よし、買い手よし、世間よし」という考え方は近江商人の心得として語られてきましたが、「三方よし」という言葉そのものは、滋賀大学の小倉栄一郎氏が1988年の著書で使ったのが最初とされます。

旧版は「近江商人の400年前の哲学」と書いていましたが、近江商人を源流とする伊藤忠商事は、社内報(2016年12月号)で、近江商人研究の宇佐美英機・滋賀大学名誉教授の説として「三方よし」という言葉自体は江戸〜明治期に使われたものではない、と説明しています。滋賀大学の紀要にも、同大の小倉栄一郎教授による造語だという記述があります。

言葉が新しいからといって、考え方が新しいわけではありません。伊藤忠の社内報によれば、小倉氏は、こうした考え方が湖東の商人の間で多く聞かれたこと、初代伊藤忠兵衛が「商売は菩薩の業」と説いたことを紹介しています。ただ、引用するなら「江戸時代からある言葉」ではなく、「近江商人の精神を後世の研究者が三つにまとめた標語」と紹介するのが正確です。

老舗から何を学べる? 今日からできる7つの手順

老舗の記録から引き出せる教訓は、精神論よりもずっと具体的です。①変えないものと変えるものを書き分ける、②借入と本業以外への投資に上限を決める、③値上げを先延ばしにしない、④承継の準備は経営者が60歳になるころに始める、⑤技を「人」でなく「仕組み」で渡す、⑥家訓を一枚に書く、⑦外の相談先を早めに使う、の七つです。

以下は、店や会社の経営者だけでなく、地域の団体や家業、チームのリーダーにも使える形にしてあります。

  1. 「変えないもの」と「変えるもの」を紙に分けて書く。 金剛組は、木の仕口や継ぎ手といった伝統の技を守りながら、1950年代から鉄筋コンクリート工法の社寺建築を開発し、1980年には加工センターを開いています。守ったのは技と仕事の相手で、方法は変えました。自分の商いで「これを変えたら自分たちでなくなる」ものを三つまで書き出し、それ以外は変えてよいと決めておきます。
  2. 借入と本業以外への投資に、自分たちで上限を決める。 最古の老舗でさえ、負債で家業を手放しています。売上に対する借入の割合、本業以外に回す資金の上限、撤退の条件を、景気のよいうちに決めておきます。
  3. 値上げを先延ばしにしない。 TDBが老舗倒産の要因に挙げたのが、価格転嫁の遅れでした。原価の上昇と価格の見直しを年に一度は突き合わせ、お客に理由を説明する言葉を用意します。
  4. 承継の準備は「60歳ごろ」から始める。 中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版、2022年)」は、後継者を決めてから承継が終わるまでに3年以上かかる例が半数を超え、10年以上かかる例も少なくないとして、経営者が概ね60歳になったら準備に取りかかるよう勧めています。ガイドラインは、①準備の必要性を認識する、②経営状況と課題を見える化する、③経営を磨き上げる、④承継計画を作る(社外への引き継ぎならM&Aの工程を進める)、⑤実行する、の5段階を示しています。
  5. 技を「人」ではなく「仕組み」で渡す。 金剛組の「匠会」のように、職人同士が教え合う場を常設にすると、一人の名人が抜けても技が途切れにくくなります。作業手順を動画や写真で残し、若手が年長者に教える場面もつくると、双方向の継承になります。
  6. 家訓を一枚に書く。 金剛組の第32代は、再建の苦労を「職家心得之事」という遺言にまとめました。長い理念文でなくてよいので、「私たちは誰のために、何をしないか」を一枚にし、代替わりのたびに読み直します。
  7. 外の相談先を早めに使う。 ガイドラインによると、事業承継・引継ぎ支援センターが全国47都道府県に置かれ、後継者探しやM&Aの相談に応じています。家族の問題だと抱え込むほど、選べる道は減っていきます。

よくある失敗

  • 「まだ元気だから」と準備を先送りし、選べる後継者や相手が減ってから慌てる
  • 本業の不振を、本業と関係の薄い投資で取り返そうとする
  • 伝統を守ることと、値段や売り方を変えないことを混同する
  • 技の継承を「見て盗め」だけに任せ、教える仕組みを持たない
  • 「三方よし」や「創業◯百年」を、裏づけのないまま宣伝文句にする

旅先で老舗を訪ねるときの作法は?

特別な作法は要りませんが、のれんの内側は職人や店主の仕事場でもあります。撮影は一声かけてから、商品に触れる前にも一言を。買うかどうか迷ったら、何を基準に選べばよいか尋ねるのがいちばんの近道です。

京都府は1968年度から、府内で同じ業種を100年以上続けてきた企業を「京の老舗」として表彰しており、2024年度までに計2,062社を表彰しました。2026年1月には令和7年度分として20社を表彰しています。府の公表資料には表彰企業の一覧があり、訪ねる店を選ぶ手がかりになります。

訪ねるときの心がけをまとめます。

  • のれんは「営業中」の合図。 店の名を染めたのれんは、その家が積み上げてきた信用の象徴でもあります。くぐる前に営業時間と定休日を確かめましょう
  • 撮影は許可を得てから。 店内や職人の手元を撮るときは必ず一声を。断られても気にせずに
  • 聞くことを遠慮しない。 由来や使い方、手入れの仕方を尋ねると、たいてい喜んで教えてくれます。老舗の商品は手入れや使い方まで含めて一つの品です
  • 混む時間を避ける。 昼どきや週末は地元の常連客も多い時間です。ゆっくり話を聞きたいなら、開店直後や平日の午後がおすすめです

器や漆器を選ぶときの見方は、九谷焼・備前焼・益子焼の違いや若狭塗の箸が参考になります。寺社とともに歩んできた職人の世界については、お寺は「静かな癒しスポット」じゃないや神社と寺の違いとはもどうぞ。

京都・寺町二条の一保堂茶舗本店。「茶」と染め抜いたのれんが店先に下がる
京都・寺町二条の一保堂茶舗本店。「茶」と染め抜いたのれんが店先に下がる
写真:Nesnad / Wikimedia Commons / CC BY 4.0(2022年12月30日撮影)

和の視点から:老舗は「続けた人」の記録

「しにせ」という言葉は、辞書(デジタル大辞泉)によると、動詞「仕似す(しにす)」の連用形から来ています。先代の仕事に似せて、家業を守り継ぐという意味合いです。似せるとは、ただ同じことを繰り返すのではなく、時代が変わっても同じ「信用」に届くように、やり方を合わせ直すことです。

金剛組の沿革に並ぶ出来事を読むと、続いた理由は「日本人だから」ではなく、焼けた塔を建て直し、仕事が途絶えれば木箱をつくり、当主を失えば妻が棟梁を継いだ、名前の残る一人ひとりの判断の積み重ねだとわかります。老舗に学ぶとは、その判断の重みに敬意を払いつつ、自分の持ち場で同じ問いを立てること。「これは、次の人に渡せるか」。長く働くことの意味については、日本企業の終身雇用や、「もったいない」が世界を救うも関心に合うはずです。

よくある質問

Q. 世界最古の会社は金剛組ですか? A. TDBは金剛組(578年創業)を国内最古の企業としています。ただし2006年に旧会社から事業を譲り受けた新会社として再出発しており、「同じ一族による経営が続いている会社」という意味では途切れています。どこまでを「同じ会社」とみなすかで答えが変わります。

Q. 世界最古のホテルも日本にあるのですか? A. 山梨県の西山温泉 慶雲館は、慶雲2年(705年)の開湯と伝わり、ギネス世界記録に「世界最古の宿」として認定されています(山梨県公式観光サイトによる)。

Q. 老舗の数は増えているのに、倒産も最多なのはなぜ? A. 明治・大正に創業した会社が毎年2,000社前後のペースで100年を迎えるので、老舗の数そのものは増えます。一方で、物価高や後継者難、販売不振で倒れる老舗も増えています。数の増加は、続く力の強さを直接は示しません。

Q. 「三方よし」は使ってはいけない言葉ですか? A. 使って構いません。ただし「江戸時代からある言葉」ではなく、近江商人の考え方を1988年に研究者がまとめた標語だと理解したうえで使うのが正確です。

Q. 自分の会社の事業承継は、どこに相談すればいいですか? A. 全国47都道府県にある事業承継・引継ぎ支援センターのほか、商工会・商工会議所、取引のある金融機関などが窓口です。中小企業庁の「事業承継ガイドライン」は無料で読めます。

出典と確認日(2026-10-26)

J-Times 編集部(2026年10月26日時点の情報)

#business succession#Craftsmanship#Kongo Gumi#Kyoto#sake brewing#shinise

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J-Times 編集部
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